賃貸借契約において、ペット飼育に伴い物件が損傷することを懸念して、ペット飼育の禁止を契約書の特約事項で定め、禁止事項に違反した場合は解除できるとまで定める事例は実務上多く見られます。このような特約自体は法律上禁止されるものではありませんが、ペット飼育の禁止が契約書で定められていたにもかかわらず、入居後にペットの飼育が発覚した場合、賃貸物件のオーナーとしては契約違反を理由として契約の解除をすることができるのでしょうか︖ この点が問題となったのが、東京地方裁判所平成22年2月24日判決の事例です。
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この裁判は、一軒家を所有していた人が、転勤でしばらく空き家にするため第三者に自宅を賃貸したという事例で、貸している間に家が傷むのを避けるため、賃貸契約書には禁止事項として、「賃借人は、賃貸人の書面による承諾を得ないで、犬、猫等の小動物の飼育又は一時的持込み(近隣に迷惑を及ぼすおそれのない観賞用の小鳥、魚等を除く)をしてはならない」と規定していました。しかし、貸してから一月も経たない内に、借主がフェネックギツネという小型のキツネを飼っていることが判明しました。貸主からはすぐに文書で「ペットの飼育は止めて欲しい」と通知しましたが、借主は「家族同然のペットなので物件内で飼育は続けたい」というばかりで、これに対して何ら対応しませんでした。このため、貸主は契約違反として解除通知を出したところ、借主から「小
さいキツネであり、近隣に迷惑をかけるおそれはなく、しつけも十分にしており、本件建物の内部を汚損していないから、信頼関係は破壊されていない」などと言って、解除は無効であると争った、というものです。
この事例で問題となったのは、借主がペット飼育禁止に違反し、これを理由に貸主が契約解除を求めた場合に、「信頼関係破壊の法理」が適用されるか、という点です。すなわち、賃貸借契約の解除の可否は、単に契約条項に違反していたという点だけではなく、当該違反行為によって貸主と借主の間の信頼関係も破壊されたと評価されることが必要であり(これを「信頼関係破壊の法理」といいます)、従って、ペット禁止特約に違反したことを理由とした解除の可否についても、この信頼関係破壊の法理により判断されます。このため、本裁判事例でも、ペット禁止条項に違反した行為が、さらに貸主と借主間の信頼関係を失わせる程度のものかどうか、という点が問題となりました。
この事例では、裁判所は、①ペット禁止条項に違反して入居当初から小型のキツネを飼育していた行為と、②賃貸人からの中止の申し入れに耳を貸さずに飼育を続けたことの2点を考慮して、信頼関係も破壊されたとして貸主からの解除を認めています。具体的には、信頼関係が破壊された事情として以下のように裁判所は述べています(原告が貸主、被告が借主です)。 「室内で犬猫等の小動物を飼育させるかどうかについては賃貸人、賃借人双方にとって重要な利害があることは常識の範囲に属するものであるところ、建物賃貸借契約書にも小動物の飼育が禁止されていることが明記されていることが明らかであること、被告自身もその嘆願書において、契約時に口頭及び契約書でペット飼育が禁止されている旨告知されていたことを認め、契約違反であるのは確実であり、犬猫ではなく散歩の必要もないので大きな問題になることはないと考えてフェネックギツネの飼育を続けたことを自認していたこと、原告の本件飼育行為停止の要望を聞き入れずにフェネックギツネは家族同然であるとしてその後も本件飼育行為を継続したことが明らかであることなどを、信頼関係が破壊されていたことを窺わせる事情として指摘できる。」
また、借主側は「フェネックギツネは、体重1ないし1.5キログラム、体長24ないし41cm、尾18ないし31cm程度の小型の狐であり、近隣に迷惑をかけるおそれはなく、しつけも十分にしており、本件建物の内部を汚損するなどもしていない(なお、現在は放し飼いを止めて本件建物室内ゲージで本件飼育行為を続けている)」と主張しましたが、この点に対して裁判所は、以下のように述べて借主の主張を退けています。 「本件における問題は、どのような動物であれば室内で飼育しても差し支えないかという点ではなく、動物飼育禁止特約の下で動物を室内で飼育することそのものの可否の点にある。被告が長年連れ添ってきたフェネックギツネに愛着を有すること自体は理解できるけれども、一連の被告の行動を全体としてみると、原告の指摘に耳を貸さずに、自己の都合のみを優先させることに終始してきたとみるほかはない(なお、本訴係属後も、被告の基本的姿勢には結局変化がみられなかった)。」
どの程度の事情があれば、ペット飼育禁止違反行為により信頼関係の破壊まで認められるかの判断は容易ではないですが、本件は一つの参考になる事例です。
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